Sunday, January 2, 2022

明けましておめでとうございます!Happy New Year!

ノルウェーでは、年賀状を送る習慣がありませんが、クリスマス前にクリスマス・カードや手紙を書く習慣があります。最近デジタル手紙の方が多いです。クリスマス前にEメールで送ってもらったクリスマス手紙を今日やっと読み終えました。 新年のご挨拶が遅くなりましたが、日本のお正月はまだ終わっていないでしょう。私の学校は12月17日からクリスマス休みに入って、1月4日また学校が始まります。明日はその準備をしなければならないので、今日で最後の休みの日になります。 最初の写真は昨日元旦礼拝の時です。教会に入る度に、キリストが手を開いて、歓迎しておられます。もちろんその像は生きる神様ではありませんし、像を拝むわけでもありません。しかし目に見えないキリストを覚えるために、またキリストの招きを感じるためにその像が教会にあります。イエス・キリストは言われました: 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 マタイ11:28
ステンドグラスも聖書の物語を語っています。
お正月前に雪が十分降りましたが、今は溶けているので、道路がすごく滑りやすいです。 12月30日天気はとてもよくて、スキーに行きました。午後3時前、日が沈む前に、山がとても綺麗でした。本当に感動しました。全世界を造られた神様の素晴らしさを感じました。
その輝いている山々を見ながら、ある讃美歌が浮かびました。もともとスウェーデンの賛美です。日本語訳では「輝く日を仰ぐ時」と歌います。下のリンクでレナ・マリアさんが日本語、スウェーデン語 O, store Gudと英語 How Great Thou Artで歌っているのを是非お聴きください! https://www.youtube.com/watch?v=Jxh2I0YDCT0
みなさんも山に行って、スキーをしてみませんか。数年前に毎年蒜山バイブルキャンプでSnow Fun Campに参加していました。今年はまた企画されているようです。スタッフは私の友達です。ノルウェー人、オーストラリア人とフィンランド人の家族がいるので、是非参加してみてください!国際的になります。また神様が造られた素晴らしい自然を見ることもできますね。

Thursday, December 23, 2021

Merry Christmas! メリークリスマス!

皆さんは、どのようにクリスマスをお祝いされるでしょうか。私にとって、クリスマスは、音楽や聖書の話です。そしてもちろん美味しい物をたべたり、ゆっくり家族や友達と時間を過ごしたりします。プレゼント交換もあります。今日はプレゼントを渡すため、二人の友達の家まで、車で雪道を走ってきました。 明日も25日も教会でクリスマス礼拝がありますが、コロナのために、50人しか出席できません。予約が必要です。24日午後の礼拝はすぐ満席になりました。しかし、出席ができない人のために、お昼頃から教会が開いています。音楽を聴いたり、祈ったり、クリスマスの物語の拝読を聴いたりするために、20人ずつ入ることができます。その1時間ほどの間、私はピアノとオルガンを弾かせてもらいます。頼まれたとき、うれしかったです。教会で演奏する機会が少ないので、良いチャンスです。普段はプロのオルガニストがいますが、明日は人が足りないので、私は喜んでさせていただきます。 この間練習した時撮った写真です。大きな会堂で久しぶりに一人でパイプオルガンやピアノを弾いて、楽しかったです。
どうして羊が飾っているのでしょうか。それは、キリストのお誕生を初めて知ったのは、羊の群れを見守っていた羊飼いたちだったのです。
聖書にこう書いてあります: 8その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 14「いと高きところには栄光、神にあれ、 地には平和、御心に適う人にあれ。」 15天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 16そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 17その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 18聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 19しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 20羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。  ルカによる福音書2:8-20 クリスマスは英語でChristmasと書きます。Christ+masとういうのは、キリストの礼拝という意味です。だから、イエス様を忘れたら、本当のクリスマスではありません。私たちを造られ、愛しておられる父なる神様は、私たちに一番大きなプレゼントを与えてくださいました。それはその独り子イエス・キリストなのです。 私は誰かにプレゼントを用意して、喜んでほしいと思ったら、その友達が受け取ってくれなかったら、とても悲しいですね。(今までそんな経験はないけれども)。しかし、神様が用意してくださったプレゼントを受け入れない人が多いのは、とても悲しいことですね。 みなさん、是非そのプレゼントを受け取ってくださいね!
ゆ 11月降った雪が先週ほとんど消えました。雨が降り始まる前に学校で一人の子供と一緒に雪だるまを作りました。雪ちゃんと名付けました。可愛いでしょう?でも、二日後、雪ちゃんが溶けてしまって、何も残っていませんでした。 しかし、今日から、雪がまた積り始めました。 やっぱりホワイト・クリスマスになりましたね! 今は暗いですが、明日明るくなったら、雪の写真を入れようと思います。 24日午前10:30
今日は晴れの日で、寒いですが、真っ白な雪はやっぱりきれいですね!
教会は写真の真ん中にあります。見えますか。
昨夜0℃だったのに、今昼前気温が下がっていますね。でも、家の中は暖かいです。 では、メリークリスマス! そして 良いお年をお迎えください!

Sunday, November 28, 2021

光の季節

皆様、いかがお過ごしでしょうか。 私のブログは7月から何も新しい情報がなかったですが、元気しています。8月から小中学校で働くことになって、ちょっと慣れてきましたが、やっぱり忙しくて、疲れてしまうことが多いです。 秋がどこに行ってしまったでしょうか。今はもう冬になってきました。三日前から雪が降り始めました。
木曜日の夜教会の前を通った時、こんな感じでした。
金曜日に学校で子供たちが大喜びました。彼らは雪遊びを8ヵ月ぶりにできたからです。 そしてアドベント前の飾りもしました。
学校のクリスマスツリー 私は教会の聖歌隊に入っています。この間の礼拝の様子をビデオで撮りました。 昨日はとても寒くて、青空の日でした。
今晩は氷点下7度ぐらいです。でも、家の中は暖かいので、大丈夫です。朝出かけるときも、仕事から帰って来る時も暗いですが、雪が積もってから、雨の日よりちょっと明るくなっています。そして今日から光の季節が始まりました。
各家にこんな明かりが飾ってあります。これは私の窓の外から見た感じです。最初の写真は中から撮ったしゃしんです。
今日は待降節の第一の日曜日です。待降節はアドベントとも呼びます。紫の蝋燭を一本つけます。アドベントとは「到来」という意味です。キリストの降誕を祝うクリスマスまでは後4週間だけです。この暗い季節に光をつけると、暖かい雰囲気になります。学校ではクリスマスの歌を練習したり、クリスマスストリーを読んだり、クリスマスの準備をしたりします。 今日の夕方、町の大きなクリスマスツリーも点灯されました。
イエス・キリストのご降誕を全世界に知らされ、どんな国民でも、その独り子を賜って下さった神様を賛美できるように! イエス・キリストこそは世の光なのです。 今日教会で次のことばは聖書から拝読されました。 イザヤ書12:4-5 その日には、あなたたちは言うであろう。 「主に感謝し、御名を呼べ。 諸国の民に御業を示し 気高い御名を告げ知らせよ。 主にほめ歌をうたえ。 主は威厳を示された。 全世界にその御業を示せ。

Thursday, July 22, 2021

目を上げて、山々を仰ぐ

ちょうど2ヵ月ぶりにブログをアップします。日本のみなさん、いかがお過ごしでしょうか。島根や鳥取の大雨や洪水は大変だったようですね。またコロナの感染も増えているようですね。皆さんが無事でありますように。 こちらでは、夏によい天気の日が多かったので、近くの山にハイキングを何回もしました。山を遠くから見ることもいいですが、頂上から回りを見渡すのもいいですね。また山の可愛い花を見るのも楽しいです。
神様が造られた大自然が素晴らしいですね! 山を見るとき、よく聖書の御言葉を思い出します。 「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。 わたしの助けはどこから来るのか。 2わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」 詩編121:1-2 山から助けが来るのではなく、その山、その全地を造られた創造主から来るのです。 晴れの日がいいですが、毎日晴れではありません。日本では、暑い夏に、曇りがいいと思われるでしょう。しかし、ノルウェーでは、雨や曇りの多い夏は晴れたらいいと思われます。
霧があっても、友達が道を知っているなら、大丈夫です。人生の中、先が見えない状態でも、イエス様が共におられるなら安心ですね。 雨の中でも、楽しむことができます。 ハイキングは友達と一緒の方が楽しいですが、一人でもよく行きます。そういう時、新しい友達ができる時もあります。 この日は、25度ぐらいで、山羊たちが日陰に休んでいました。
この間姉と一緒に、母が生まれた訪ねました。そこでは、もうすぐ78歳になる叔父と二人の従妹とハイキングをしました。
去年の夏訪ねた隠岐の島にちょっと似ていると思います。
2年前にこの門を入った時も聖書の御言葉を考えました。日本に戻って、教会でそこからメッセージをしました。イエス・キリストは私たちに言われます: 「見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。」 ヨハネの黙示録3:8
これは母の故郷です。母が亡くなってから、来月で11年になります。 家の周りに野生のブルーベリーが取れます。美味しいです! 夏の間珍しいお客さんも訪ねてくれました。ご存知の方もおられるでしょう!
最後に最初の詩編のことばを皆さんに送りたいと思います。 「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。 わたしの助けはどこから来るのか。 2わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。 3どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように。 4見よ、イスラエルを見守る方は まどろむことなく、眠ることもない。 5主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。 6昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。 7主がすべての災いを遠ざけて あなたを見守り あなたの魂を見守ってくださるように。 8あなたの出で立つのも帰るのも 主が見守ってくださるように。 今も、そしてとこしえに。」 詩編121編

Saturday, May 22, 2021

お祝いすることの多い5月

ノルウェーでは、ゴールデンウィークがありませんが、ノルウェーでも5月に祝日が多いです。その中、イースター(復活祭)と関係ある祝日があります。イースターは毎年日にちがちょっと違うので、イエス・キリストの復活をお祝いする日から数えたら、大体5月になりました。復活祭の40日後は、昇天日と言う、キリストが天に上げられたことを記念します。今年はそれが13日(木)でした。そして明日は復活から50日目だからペンテコステ(50という意味)があります。日本語では聖霊降臨という祝日です。それを後でもっと説明します。 今年は昇天日とペンテコステの間に、毎年日にちが変わらない憲法記念日があります。
5月17日はノルウェーの誕生日と呼ばれています。1814年ノルウェーの憲法が与えられました。普段その日神様に国民の自由を感謝するために、まず教会に集まって礼拝します。その後子供のパレードなどがあります。しかし、今年コロナのためまだ制限が厳しかったので、礼拝は中止になって、また子供のパレードもありませんでした。その代わりに車のパレードがありました。 大勢の人の集まりはできませんでしたが、みんながそれぞれいるところで、昼12時、同時に国歌を歌うように勧められました。私は隣の家の家族と一緒に歌いました。 天気がとてもよくて、気持ちの良い日でした。 今日も晴れで、かなり暖かい一日でした。日本と比べたら、16度はあまり暖かいと思われないでしょうが、こちらではもう夏に向かっている感じですよ!今日は今年初めて半ズボンと半袖で、外で昼ご飯を食べました!
大家さん夫婦はガーデニングがお上手です。今は私の周りにいっぱいきれいに咲いています。本当にきれいです。小鳥もたくさんいます。
明日と明後日23日と24日はペンテコステの祝日です。復活祭のイーブと同じように、今日も教会の鐘が17時から18時まで鳴り続きました。とても良い響きです。どうぞ、お聴きください。 明日は県の北部の教会で聖書のお話しをする予定でしたが、昨日はその市にコロナ感染者が急に増えたので、集会が全部中止になりました。私がこの間自分のメッセージを録画したので、それはYouTubeに出されるそうです。しかし、それはノルウェー語なので、残念ながらみなさんは理解できません。そのテーマは「神様は私の言葉で語られる」という説教題です。日本人はノルウェー語を勉強しなければ、聖書の教えを知ることができなければ、本当に残念です。でも、その心配がありませんよ!聖書の日本語にも翻訳されているし、教会もたくさんあります。山陰地区には、教会はまだ開いていると思いますが、コロナの制限のために、教会が閉まっているところも多いようですね。その代わりにオンライン礼拝をやっている教会がたくさんあります。 自分が話す予定の所に行かなくていいので、近くの母教会に礼拝に出席することができます。お楽しみです! 明日話すつもりメッセージを実は3年前に似た話を松江ルーテルのインターナショナル夕礼拝で英語で話しました。日本人のために、友達が日本語訳を作ってくれました。 よかったら、それをお読みくださいね!キリスト教をあまりご存じない方も、少しでも理解してくださったらいいと思います。 「神様は私の言葉で語られる!」 何年か前、私は大阪のKGK(キリスト者学生会)で働いていて、大学で学生と聖書の勉強会を開いていました。私が定期的に訪ねていた大学の一つ、大阪外国語大学を訪問した時のことです。普段は一人で大学に行っていたので、道中は誰とも話さなかったのですが、その日はノルウェーから来た学生と一緒に行くことになりました。大学までのバスの中、二人で立ったままノルウェー語の方言でしゃべっていました。すると突然、ある日本人男性が立ち上がって、「Er dere fra Norge?(ノルウェー出身ですか?)」とノルウェー語で声をかけてくださいました。本当に驚きました!話を聞くと、その方は大学の教授で、大学でスウェーデン語を教えておられました。スウェーデンには10年間暮らしていて、ノルウェーにも行ったことがあるそうです。スウェーデン語とノルウェー語はとても似ているので、私たちの言葉や特殊な方言でさえ分かったのですね! みなさんは、海外で突然、現地の人に母国語で話しかけられたことがありますか?その時、みなさんも私と同じように驚くでしょう。ですが、同時に嬉しくありませんか?自分の言葉を理解できて話せる人がいると、安心しますよね。  神様は、ご自身の業が世界中の言語で言い表され、証人を通して世界中の一人一人の心に神様が直接語ることができるという未来を目指しています。使徒言行録2章から、それがどのように始まったのかを見てみましょう。  先週の日曜日はペンテコステ(聖霊降臨日)といって、イースターから50日目でした。ペンテコステとは、イエスが友人たちから去る前に約束した聖霊を、天から授けてくださった日です。弟子たちはエルサレムに集まり、その約束の時を待っていました。聖霊が与えられた時、彼らは他の言語で話し始めました。  その時、エルサレムには様々な国から人が来ていました。他国に移り住んでいたユダヤ人や、ユダヤ教の信仰を持った外国人もいました。その人たちがユダヤ教の祭りを祝うために、エルサレムに集まっていたのです。その日、その人たちは今まで見たことも聞いたこともないことを体験しました。自分の国の言葉で神様からメッセージを聞いたのです!そして人々は、語っている人たちがただのガリラヤ出身の者だと分かりました。当然、エルサレム外国語大学の卒業生ではありませんね!彼らのうちほとんどが、田舎から出た漁師でした。 7-8「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。 弟子たちが外国語を勉強していたわけでもないのに、集まっていた人々はそれぞれ自分の国の言葉で、イエスや彼からの贈り物についての話を聞くことができました。本当に大きな奇跡ですね。それは確実に、弟子たち自身の力によるものではありません。 9節から10節には読みにくい地名が多く出てきます。それらの場所から来た人々は、11~12節で次のように言いました。 11ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」12人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。 人々は非常に驚きました。自分の国の言葉を神様が話しているのを聞くのは、これが初めてです。なので、人々は「これは一体何事だ?」と互いに言いました。そこで、弟子の一人であるペトロは何が起こっているかを説明します。 ペトロ――シモンという名前の弟子で、イエスから新しい名前をもらったペトロを覚えていますか?ペトロは「岩」という意味です。イエスはこの名前を与えることで、ペトロに他の弟子たちの中で特別な役割を与えようとしたのでしょう。しかし、彼は自分の力では何もできませんでした。彼は考える前に動いたり話したりする人でした。多くの過ちを犯しました。おそらく、彼の最大の過ちは、たとえ他の人が全員見放しても、自分はイエスのそばにいると約束したことでしょう。彼は、必要ならばイエスと死ぬことまでも約束しました。しかし、イエスが捕らわれた夜、イエスの予想通り、ペトロは彼の大親友(イエス)を知らないと三度も否定しました。鶏が鳴いた時、ペトロは激しく泣きました。彼は自らの弱さに気付いたのです。 もし、イエスが死から復活しなかったら、ここで福音や聖書は終わっていたでしょう。イエスは十字架で死に、弟子たちは逃げ去った。イエスの言葉は次世代に語り告げられはしなかったでしょう。十字架の意味や、なぜイエスが死ななければならなかったのか語ることは決してなかったでしょう。おしまい。なんてひどい終わり方でしょう! しかし、これで終わりではありません!三日目にイエスは死からよみがえりました。イエスはペトロや他の弟子たちに会って、新たな始まりや未来への希望、そして使命を与えました。「世界中の国へ行き、福音を伝えよ!」イエスはさらに、彼らに天から力を授けると約束しました。そして初めてのペンテコステの日に起こったこと、それがイエスの約束の実現でした。ペトロがイエスを知らないと言ってから、たった53日後、彼は今や何千人もの前に立って、イエスが救い主であり主であると言い表したのです!誰がペトロをこんなにも勇敢にしたのでしょう?聖霊を彼に与え復活されたイエスに違いありません!  そこで、ペトロは聖霊に満たされて何を語ったのでしょう?最初に、彼は何が起きているのか説明するために、旧約聖書の預言者の言葉を引用しています。しかし、彼の主な点はイエス・キリストについてです。 36だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 神様が自分の国の言葉を話すのを聞いて驚いていた人々は、ここでもう一度驚きました。しかし、今度は恐怖心を抱きました。彼らは、自分たちが何をしてしまったのかを突如として理解したのです。「人々は大いに心を打たれた」。 37人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 人々は自らの罪に気付き、罪悪感を抱きました。せっかく神様がその独り子をお遣しになったのに、人々はイエスを拒み、約束の救い主であると信じませんでした。彼らは自分たちが裁きに値すると分かったのです。なので、熱心になって「どうしたら良いのですか?どうしたら神様の怒りや裁きを免れるのですか?」と尋ねたのです。 みなさんは、同じような体験をしたことがありますか?いつか自分が聖なる神様の御前に立って、自分の命の責任をとらなければならないという恐ろしさを感じたことがあるでしょうか。「私はどうしたらよいのですか」と心から祈ったことがありますか? 日常の中で、どうやってその問題を解決するかという疑問は多くあります。例えば、日本人の学生は「どうやったら英語が上達できる?」「卒業したら何の仕事に就けば良い?」と尋ねるでしょう。私たち外国人は「どうやったら日本語がうまくなる?」と聞くと思います。 もし「~の方法」とグーグルで検索すれば、探しているアイディアが見つかるかもしれません。ですが、本当に大切な答えを探している人はどのくらいいるのでしょう。本当に重要なのは、神様との正しい関係を築く方法であり、神様の子どもになれる方法、神様の裁きの代わりに愛を体験する方法です。 ここに答えがあります。聖霊がペトロの口を通して、答えています。 38すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」  悔い改めとは、立ち返ることです。神様のもとに戻るのです。神様にごめんなさいと祈り、迷子になった場所から神様のもとに帰りましょう。イエスをあなた個人の救い主として迎え入れ、従いたいと言い、洗礼を受けましょう。その時、罪はゆるされ、心の内に聖霊を受け取ることができるでしょう。 良い人になろうとして救われることはありません。ただ、神様からの完璧な贈り物を受け取ることによって、新しい命が与えられるのです。神様は私たちの言葉で語られます。神様のメッセージを理解するために、ギリシャ語やヘブル語を勉強する必要はありません。母国語で聖書を読むことができるのです。なぜ神様はみなさんの国の言葉を話したいのでしょうか?それは、神様がみなさんを愛しているからです。コミュニケーションをとりたいからです。神様は関わりを持つために、手紙を送ってこられたのではありません。愛する独り子を遣わしてくださったのです。人間の姿になって人間の言葉を話し、みなさんや私のようにこの地で生きました。しかし、イエスにはみなさんや私とは違う面もありました。イエスは、どんな些細な悪い考えさえ心に抱かずに生きたのです。イエスは常に自らのことよりも他の人を想いやっていました。すべてのことにおいて、父なる神様に従いました。敵にさえ愛を示しました。罪のない方であったのに、罪人のように扱われました。事実、イエスはあなたの代わりに十字架にかけられ、彼自身があなたの罪への罰を受けました。そして復活によって、その救いの業は成し遂げられたと証明してくださいました。イエスを信じ、イエスが備えられたゆるしと永遠の命を受け取ることは、私たちのためだけにあるのです。 ペトロのメッセージを聞いた人々にその日何が起きたでしょう?聖書には、その日3000人以上の人々が神様からの言葉を受け取り、洗礼を受けたと書いてあります。 これも「すごい」!3000人とは、すごい人数ではありませんか。しかし、これは始まりに過ぎません。それ以来毎日、新しいクリスチャンが教会に加えられました。実は、当時は教会と呼ばれる建物はありませんでした。しかし、聖書の言葉で「教会」とは建物ではなく、場所でもなく、イエスにつながる人々の集まりをいいます。ペンテコステは、キリスト教教会の誕生日と呼ばれています。この教会は約2000歳です。教会はキリストの体とも呼ばれています。イエスを信じる者であり神様の子どもとして、私たちはキリストの体なのです。私はノルウェーの教会のメンバーであり、みなさんもそれぞれ地域の教会に所属していることでしょう。しかし、イエス・キリストに属しているなら、私たちはみな世界的な教会、キリストの体に属しています。 では、キリストの教会の目的とは何でしょう。世界には、さまよっている人がまだ大勢います。彼らは神様の愛から迷い出て、帰り道が分からなくなっています。教会の主な目的や使命は、その人たちに手を差し伸べることです。いまだ、多くの人が自分の言語の聖書を持たず、神様が自分の言語で語られると教えてくれる人がいない状況です。教会としての私たちの挑戦は、神様の招待とともにそういう人たちに救いの手を差し伸べることです。なので、教会は私たちのためだけではないということを覚えておきましょう。教会は、ここにいない人たちのためにも存在するのです。 キリストの教会はジグソーパズルのようなものです。ジグソーパズルはたくさんのピースがあります。みなさんは1000ピースのジグソーパズルを完成させたことがありますか?私にはそんな根気強さはありませんが、それが好きな人もいますね。神様の教会であるジグソーパズルは、まだ完成していません。ご覧の通り、成長する見込みがあります。新しいピースのための余白があります。一つのピースがどんな形をしているか分かりますか?全部、人の形をしていますよね。つまり、キリストの体である教会は、個々によって建て上げられています。まだ空きがあります。みなさんはその絵の中に入っていますか? 私たちの果たすべき使命は、全ての人に神様の言葉を伝えることです。そのために、聖霊の力が必要です。力の源につながる必要があるのです。 イエスから離れては、何もできません。しかし、イエスの愛に満ちた関係にとどまるなら、聖霊によって私たちを通して神様の業がなされます。キリストの体の一部として、イエスとの関係は最も大切なのです。 イエスと親しい関係にとどまるなら、イエスは人々に手を差し伸べるために私たちを用いてくれます。それにより、より多くの人が神様が自分の言語で語るのを聞き、イエスを信じるようになります。神様の目的は、あらゆる国や民族から神様ご自身のために人を生み出すことです。なので、神様は御言葉とともに私たちを送り出すのです。 (翻訳:中村成美)
ペンテコステおめでとうございます!

Sunday, March 28, 2021

Frå vinter til vår 冬から春へ

みなさん、ご無沙汰しています。ブログを中々アップしなくて、申し訳ありません。 やっとノルウェーにも春が近づいてきました。長い冬でしたが、とてもいい冬でした。地元の人々によると、こんなに良い天気の冬は数年ぶりだったそうです。
私はクロスカントリースキーが大好きです。日本だったら、年に一回や二回しかできなかったですが、今年は週に何回もスキーできました。 山に行かなくても、家の近くでもでコースが作られていました。
普段は一人でスキーしましたが、友達と一緒に行くのは楽しいですね。ゆっくりおしゃべりもできますね。
太陽の光から面白い花ができていますね。
少しずつ春に変わってきましたが、また雪が降りました。
子供たちは私より大きな雪だるまを作りました。
これは日本人ではありません。2月の下旬やっと琴が日本から届きました。長い旅でしたね。
いろいろな集会で聖書の話をしたり、日本での働きを報告したり、琴の演奏をしたりしています。ここでは、島大を卒業した学生たちのお祝いとして演奏しました。 最近コロナ感染が増えてきたので、また教会の礼拝や集会が中止になっています。今週はキリスト教のカレンダーには、受難週と呼ばれる時期です。イエス・キリストが私たちの罪の身代わりとして苦しみを受け、十字架の上に死んでくださったことを覚える時です。そして来週4月4日は、イエス様が死人の中からよみがえられたことをお祝いする復活祭(イースター)です。クリスチャンとしての大事な時期なのに、礼拝に出席できないのは寂しいです。しかし、オンラインの礼拝がたくさんあるので、聖書の話を何回も聞くことができます。もちろんノルウェー語ですが、日本の教会が礼拝をオンラインで配信するのも多いのです。例えば出雲福音ルーテル教会の礼拝をこちらで見ることができます。教会に行かれたことのない方も是非ネット上で様子をご覧になってください。 去年のイースターは日本でも礼拝が中止されてしまいました。イースター礼拝が持たれなくて残念でしたが、用意したお話しを録音することができました。よかったら、下のリンクからダウンロードしてみてください。(できない場合、私に連絡してください。直接送ることができると思います。) このメッセージのテーマは「イースターは中止されていないよ!」という説教題です。イエス・キリストの復活はキリスト教の土台です。教会に集まることが出来なくても、その土台は変わりません。揺るぎません! 最後に春の様子のご覧ください。